【ニュース・フランス】フランス・ノーベル賞受賞者たちの怒り

ル・モンド紙で、7人のノーベル賞受賞者が研究予算の2億ユーロにのぼる予算削減法案に抗議している。この抗議の署名者たちは、不意の一撃を非難している。この一撃で破壊されたものは一朝一夕に再建できるものではないと述べている。諸外国の行動とは裏腹な、フランスが下した決断を残念に思い、フランスが科学分野で脱落することを危惧している。とくにフランス国立科学研究センター(Centre national de la recherche scientifique:CNRS)とCEAはこの打撃を受けているにも関わらず、関係閣僚は制約を受けた予算環境下での研究の「聖域」を歓迎している。

 

研究機関の予算は切断された

 

法案は研究室活動に直接影響を及ぼす予算削減を行おうとしている。2016年5月18日、国民議会の財務委員会に「研究・高等教育」に充てられ2億5,600万ユーロを取り消す法案の提出を受け、科学界には動揺が広まっている。7人のノーベル賞受賞者と1人のフィールズ賞受賞者は「ル・モンド」紙に「これは不意の一撃であり」、「科学、そして産業界の自殺も同然である」と述べている。
「研究」がこのような扱いを受けていることは見るに忍びないと科学研究者国民連合の事務局長であるPatrick Monfort氏は抗議している。「確かに予算の制約はあるが、研究は優先事項であるとわれわれは常に言われてきた。」しかし、今回の財務委員会が提出した研究予算の削減は重くのしかかっている。11億ユーロ余の削減総額のうち、研究・高等教育関係予算は2億5,600万ユーロの天引きとなっており、これは削減全体の1/4に相当する。これで研究に優先順位を与えているといえるだろうか?
当初予算案を示したとき、Najat Vallaud – Belkacern国民教育・高等教育・研究大臣、Thierry Mandon高等教育・研究担当大臣は、制約ある予算の中での「聖域」の確保を歓迎していた。研究予算は当初予算では77億1,000万ユーロでほぼ安定状態(前年比600万ユーロの増加)、また高等教育予算は154億ユーロ(前年比1.6%の増加)であった。

 

われわれは破局に向かっている

 

反対派は、しかし、2015年にすでに実行段階にあった予算を取り消してしまったことを想起させる「歳出のだまし絵」であると暴いている。
一年のこの時期になって政府が高らかに発表した、この発表には新たな正当化が見える。準備金を凍結するのではなく、厳に実行中の予算を無効にしようとしているのである。研究活動に直接関係した予算で取り消されるのは1億9600億ユーロに上るだろう。すなわち、CNRS、CEA、フランス国立農学研究所(Institut national de la recherche agronomique:INRA)といった研究機関から1億3,400万ユーロ、宇宙開発研究から500万ユーロ、社会科学研究から650万ユーロ、そしてエネルギー、開発と持続可能なモビリティ分野の研究から2,300万ユーロの取り消しである。

 

エコロジー・ダイエット

 

「エコロジー、開発と持続可能なモビリティ」ミッションは2億6300万ユーロの削減を迫られ、そのうち、リスク予防プログラムから1億6000万ユーロ、輸送のためのインフラとサービスから7,200万ユーロが削減されている。この天引きは国が介入したさまざまな領域の中でももっとも削減された領域である。環境省の予算はすでにこの数年、毎年減少しており、2015年から2016年にかけ、65億9,000万ユーロから64億9,000万ユーロに減少(-1.5%)である。これはまた、2014年に522ポストの廃止、2015年には515、そして2016年には671となっており、元環境大臣のDelphine Bathoは予算を巡り、2013年7月に更迭されている。

 

同省の約230億ユーロという予算を考慮すれば、この減少は小さく見えるかも知れない。しかし、研究者への給料の相当部分をこの公的支援に頼っており、その削減は研究室活動に直接影響を及ぼすことになる。すなわち、総額30億ユーロ以上に上る予算のCNRSは、そのうち、人件費が21億ユーロを占め、4億3,800万ユーロが研究運営・機材・設備投資に廻され、残りは独自に獲得している特許料や企業との契約料によっている。もし、法案が示すように、CNRSに対して5,000万ユーロの削減が行われるとすれば、研究そのものに充てられる予算の10%が削減されることを意味する。1億3,400万ユーロという額は年間1,000件の研究課題を支援するANRの支出の約1/3に相当する。すでに研究室という本丸に踏み込もうとしているのは、受け入れがたいとPatrick Monfortは激しく抗議する。現在進行中のエンジニアやテクニシャンの募集に影響が及ばないか心配である。その影響は甚大で、今後、5年から10年で、われわれは破局を迎えるだろうとPatrick Lemaireは言う。
しかし、国の発展にとって、研究とイノベーションが重要であるという演説が行われるに至り、驚きは増した。去る3月14日、パリに新しくPierre-Gilles-de-Gennes研究所がオープンした際、François Hollande大統領はフランスにおける研究こそが、自分たちが押し進める優先アクションであると述べたのである。研究資金提供の主要機関であるANRからの質問に答え、さらに演説は続いた。これまで採択率が10%以下になっていた競争的研究資金の採択率を顕著に引き上げると。

 

語気を弱めるほど、より偽善者になる

 

長期スパンの投資、すなわち研究用の予算を短期の予算ニーズに廻すことは、正しい戦略だろうか、とPatrick Lemaireは自問する。Sarkozy大統領ははっきりしていた。彼は研究の世界を軽蔑していたが、それをはっきり言葉に出して言った。ソフトに語れば、それだけ偽善になる。
しかし、研究者との蜜月は新たに選ばれた大統領が2012年5月16日にパリのCurie研究所を訪れたとき、「研究者の世界に感謝」という言葉で始まった。その結果はさらに緊張したものとなった。2014年、2015年に科学アカデミーによって、研究システムの資金調達について警告が出された。研究のためのリソース不足だけでなく、若手研究者にとっての研究環境の脆弱性を訴えるため、国レベルの行動が取られた。しかし、政府改造にともない、研究省はひとつの省であったものが、2015年春には、省の一部に格下げとなってしまった。去る3月には「行動する科学」委員会は「もっとも財政支援状態がいい研究所でさえ、危機に直面している」ことを示すため、研究所長に対して行った一連のアンケート結果を公表した。
科学誌NatureにThierry Mandon大臣は5月6日、研究機関への予算は2012年以来、ほぼ一定であったということを認め、これまでの努力が乏しかったことを認めた。そして、研究税額控除システムを見直すときが来たと考え、年間53億ユーロ以上の援助を研究開発を行っている企業に行うべきと発表した。このことはこれまで政府が拒絶してきたことであった。
仲裁の詳細を決めるため、現在、交渉が行われている。Inria(情報科学とロボット工学)のAntoine Petit会長は、その予算から1,000万ユーロの削減はとても認められず、機関の運転資金からの削減を考えている。INRAでは、François Houllier会長の側近は、日曜日夜、逆に、法令で予定されていた1,000万ユーロの削減を逃れることができたとしている。CNRSでは交渉が行われている間のコメントは差し控えたいとしている。

 

7人のノーベル賞受賞者と1人のフィールズ賞受賞者による声明

 

隣国ドイツはこの10年間で、国家の研究開発費への投資が75%伸びたことをわれわれが知った同じ日に、フランス政府は研究・高等教育のための2016年予算、すなわち1月以来発表された新規投資を行うに必要な費用の1/4相当額である2億5600ユーロを削減するということを発表した。
この決定により、主要な研究機関は特に大打撃を受けることが明らかであり、CEA、CNRS、INRA、そしてInriaでは総額1億3,400万ユーロの予算削減となる。これらの研究機関の予算がこれまでいかに長い間、維持されてきたか知っており、今回の「不意の一撃」はこれまでしばしば懸念されてきたことが現実となった。フランスの科学研究、それは政府がつねにその高い質と研究開発にもたらす力を称賛して止まなかったのであるが、グローバル化する世界において、また、科学研究の熾烈な競争において、フランスが主要な競争相手から脱落したことを意味する。たとえば、米国政府はエネルギー関連研究分野での投資の倍増を決定している。

 

この停止の一撃は禍根を残すだろう

 

突然に、予算停止という一筆で、破壊してしまうものは、今後、一朝一夕には再興できない。国立研究機関は、現在実施中の研究を中止し、研究者やテクニシャンの就職をも抑制してしまう。この停止の一撃というショックは長年にわたり、大きな傷跡を残すことになるだろう。政府が発したメッセージで、若者はもはや科学研究、そしてさらには研究開発に目を向けることはなくなるだろう。
Thomson Reuters社の最近の調査によれば、世界でもっとも革新的な10の公的機関に、CEA、CNRS、そしてInsermという、3つのフランスの研究機関が入っている。このことはフランスが紛れもなく、世界で基礎研究と高い質の研究開発を行っており、国の経済復興に大きく貢献していることを示すものである。
Europe 2020戦略によって定められた研究開発投資についての共通目標であるGDPの3%からはまだ遠い。しかも、この点において、主要な研究機関を脆弱にしてしまっては、その目標達成は望めない。今回の政府の決定は科学と産業の自殺行為と言わざるを得ない。
この不確実な世界において、我々の研究の質は大きな力である。フランスの研究は世界的に知られた科学の拠点であり、他国がうらやむ地位を維持し、強固なものにしなければならない。
質の高い科学研究なしでは国家の繁栄はあり得ない。政府がこの声明に耳を傾けんことを願う。

 

 

署名
François Barré-Sinoussi(ノーベル医学生理学賞)
Claude Cohen-Tannoudji(ノーベル物理学賞)
Albert Fert(ノーベル物理学賞)
Serge Haroche(ノーベル物理学賞)
Jules Hoffmann(ノーベル医学生理学賞)
Jean Jouwel(ノーベル平和賞)
Jean-Marie Lehn(ノーベル化学賞)
Cédric Villani(フィールズ賞)

 

2016年5月24日

 

Recherche : la colère des Prix Nobel français
Le Monde, 24 mai 2016

地域 西欧
フランス
取組レベル 政府レベルでの取組、大学等研究機関レベルでの取組
行政機関、組織の運営 予算・財政
大学・研究機関の基本的役割 研究
その他 その他