渡英前は、大学での研究者と事務方との関係の日英比較のようなものを本報告書のテーマに考えていたが、ロンドンセンターに赴任して間もなく、英国 *A)では、大学が学生の試験結果を全く考慮しないうえに賄賂を渡して入学させる場合があると聞いて大変驚き、そちらの方に興味が移ってしまった。日本の入試形態からはとても考えられないが、確かに「無条件オファー」と呼ばれる方式が存在し、試験の結果によらず入学が確定するうえに学生寮への優先入居やパソコン提供などの特典が提示される場合もあるらしい。そして、その無条件オファーを多く受けているのが、飛び切り優秀な学生どころか、あまり成績の良くない「恵まれない環境」*B) の学生だというではないか。なぜ大学はそのようなことをしなければならないのか。報告書のテーマは完全に変わった。
授業料無料のイングランドの大学に、国内とEUの学生について年間1,000ポンドを上限に初めて授業料が導入されたのは1998年のことだ。それ以降繰り返された制度改正やインフレに伴ってその上限は上昇し続け、2006年には3,000ポンド、2012年には9,000ポンドになった。2019年現在の上限は9,250ポンドである*C) 。大学にとっては学生を多く集めるインセンティブが高まった訳だが、上限の授業料を適用するためには、恵まれない環境の学生に高等教育進学機会を与えるための取り組みについて目標を定め、実施計画 *D)を学生局(Office for Students)に提出しなければならない。先進国で最も厳しい階級社会と言われる英国では、階級間の経済的・社会的格差解消に向けたSocial Mobility(階級間の移動)促進のため、全ての人々に高等教育参加機会を与えるWidening Participation 政策を数十年前から進めている *E)。授業料の上限を引き上げることで大学の学生獲得モチベーションが上がり、政策を推進する形となっている。それにより、確かに恵まれない環境の学生の進学率は上昇している。国を挙げて大学進学を後押しするからには、進学して学位を取ればさぞかし未来への展望が拓けるのだろうと思うが、果たして実際にそうなのか。
本稿では、まず英国の教育制度と大学入学までの流れを簡潔に説明し、無条件オファーの実態と学生への影響を示す。続いて、恵まれない環境の学生の進学後の状況について述べ、無条件オファーと高等教育進学が彼らにとって明るい未来をもたらすものなのかどうかを考察する。
*A) 本稿では、基本的に学生局(Office for Students)の管轄であるイングランド地方を対象とする。
*B) 低所得の労働者階級や、さらに深刻な貧困状態、周囲の誰も高等教育を受けたことがないなど、経済的に恵まれない状況を示す様々な要素があり、
「disadvantaged background」や「under-represented」、「challenging circumstances」などと表現されているが、
本稿ではそれらを一括して「恵まれない環境」とする。
*C) Higher education tuition fees in England
*D) Office for Students「Access agreements」
*E) House of Commons Library「Widening participation strategy in higher education in England」
※ C、DのURLへは2020年2月13日にアクセス
報告書全文はこちらから閲覧可能(PDFファイル:約1MB)
【氏 名】 横山 芙季(よこやま ふき)
【所 属】 神戸大学
【派遣年度】 2019年度
【派遣先海外研究連絡センター】 ロンドン研究連絡センター