【国際協力員レポート・アメリカ】大学における職員の在宅勤務(テレワーク)の可能性

 
 本稿は、日本の大学における職員の在宅勤務(テレワーク)の可能性について、アメリカ合衆国(以下、アメリカ)の事例を基に考察することを目的とする。
 

 テレワークとは、情報通信技術(以下、ICT)を利用した事業場外勤務のことを指す *1) 。テレワークの勤務形態には、自宅を就業場所とする在宅勤務をはじめとし、通勤や業務に便利な場所にワーキングスペースを設けるサテライトオフィス勤務や、移動中や顧客先など働く場所を柔軟に選べるモバイルワークが挙げられる。いずれもICTを用いて時間や場所を有効活用できる柔軟な働き方として、業務の効率化や通勤負担の軽減に貢献できると期待される。
 

 テレワークの歴史は1960年代まで遡る。1967年にドイツの企業で初めて自由勤務時間制が導入され、1970年代には欧米諸国で広く採用されるようになった *2) 。アメリカでは1970年代前半にテレワークの概念が発表され *3) 、1978年には自由勤務時間制の一環として連邦議会で関連法案が成立する *4) 。その後ICTの発達とともに、1995年にはテレワーク用の電話回線や機器の調達及び電話料金などの支払にかかる費用を補助する制度が認可され、2000年には国内の各雇用機関に対しテレワークの推進を義務付ける指針が制定された *5)
 

 ヨーロッパでは2002年、欧州労働組合連合によりテレワークの枠組みにかかる合意が発表された *6) 。この合意には、機器の取扱や個人情報保護の徹底といったテレワーカー側の責任から、テレワーカーに対する職業訓練機会などの平等性を保証することなど雇用する側の義務まで、テレワークに関する基礎的かつ不可欠な項目が盛り込まれ、EU内の複数国家間でテレワークに対する共通理解を促進するものとなった。
 

 このように、欧米諸国ではテレワークの概念が1970年代には確立され、2000年代初頭にかけて実施・普及のための法整備が行われていたことが分かる。それに対し日本では、2006年頃から人事院にて国家公務員の多様な勤務形態の一つとして在宅勤務の活用が議論されるようになり、2009年には制度の整備に向けた研究会報告が発表された *7) 。その後、2017年に決定した「働き方改革実行計画」を受け、翌2018年に初めてテレワーク実施のための具体的なガイドラインが策定された *8)。これは、世界的に見れば極めて遅い動きである。
 

 日本では、戦後に確立された終身雇用・長時間労働の伝統が続く一方、バブル崩壊後急速に台頭した契約社員や派遣社員といった有期労働の雇用形態が今日まで加速している *9) 。有期労働者の大半は女性で、シングルマザーの貧困問題はもちろんのこと、正規雇用されていても出産や配偶者の転勤を機に退職を余儀なくされる女性の多さは世界的にも問題視されている。特に、出産後に退職する女性は2018年の時点で年間20万人と算出され、これに伴う経済損失は約1.2兆円と試算された *10) 。この対策として保育施設の整備や育休制度の拡充などが叫ばれているが、これでは他人任せや一時期のみの子育てが加速するだけで根本的な解決にならないのではないだろうか。
 

 内閣府の調査 *11) では、少子化の原因の一つに結婚しない若者が増加していることを挙げている。その理由として、「仕事に打ち込みたい」と回答する割合が男女とも増えていることが分かった。言い換えれば、結婚あるいは出産すれば仕事に打ち込めなくなると考える人口が増加しているということである。仕事とそれ以外の生活が両立できないゆえに「仕事>生活」の図式が成立し、持続可能かつ生産的なワークライフバランスがますます失われる悪循環である。
 

 少子化とともに拍車がかかっているのが高齢化である。家族の看護や介護に伴う離職者や転職者の数は、男女とも年々増加傾向にある *12) 。これを防ぐために、政府は育児や介護のための休業法整備を現在進行形で進めている *13) が、休暇などの取得率は依然として伸び悩んでいる *14)。戦後から脈々と長時間労働や雇用先への忠誠文化が培われ、普段から休暇が取得しづらい日本の労働環境 *15) にあっては、このような休業法が実施されたところで浸透に時間を要するのは明白である。
 

 これに対し、テレワークの積極活用によりワークライフバランスの均衡をはかる欧米諸国の事例は、日本の抱える諸問題を考えるうえで極めて有用である。詳細については後述するが、報告者がインタビュー調査を実施したカリフォルニア大学バークレー校では、Work-life-integrationというコンセプトを打ち出している *16) 。つまり、日頃から仕事を日常生活に組み込むということである。この概念は、「特別な事情の際のみ休暇を取る、それ以外は仕事に行く」という極端な「バランスの取り方」は持続不能であるとし、仕事を生活の一部と位置付けることにより本来的なバランスを追求しようとするものである。そして、それを実行する方法として重要な役割を果たしているのが在宅勤務を含むテレワークである。
 

 本稿では、老若男女問わず様々なライフイベントや心身の変化を経験しながら仕事とそれ以外の生活をうまく組み合わせることができるテレワークに着目し、アメリカでの実例を踏まえその有効性と今後の展望について考察したい。なお、テレワークには様々なメリットがあるが、本稿では出産前後の女性や育児中・介護中の家庭、精神や身体障害のある労働者など、非労働力として疎外されやすい集団に焦点を当て、彼らが継続して業務に従事することができるオプションの一つとして、テレワークのうち特に在宅勤務を取り上げる。さらに、大学職員という特定の職業において在宅勤務がどのように展開され得るのか、報告者によるインタビューの事例をもとに考察する。(なお、アメリカでは1978年時点ですでにテレワークが精神や身体障害のある労働者にもたらすメリットについて議論されている *17) 。)
 


*1) 厚生労働省「テレワーク普及促進関連事業」 (2019年12月28日閲覧)
 

*2) Alternate Work Schedules and Part Time Career Opportunities in the Federal Government: Hearings Before the Subcommittee on
   Manpower and Civil Service of the Committee on Post Office and Civil Service, House of Representatives, Ninety-fourth Congress,
   First Session on H.R. 6350, H.R. 9043, H.R. 3925, and S. 792, Washington, DC, 29 and 30 September, 7 October 1975.
 

*3) Nilles, Jack M., et al. The Telecommunications – Transportation Tradeoff: Options for Tomorrow. New York: Wiley, 1976.
 

*4) Federal Employees Flexible and Compressed Work Schedules Act, 1978: Hearing Before the Subcommittee on Labor of the
   Committee on Human Resources, United States Senate, Ninety-fifth Congress, Second Session on S. 517, Washington, DC, 21
   August 1978.
 

*5) Leading by Example: Making Government a Model for Hiring and Retaining Older Workers: Hearing Before the Special Committee
   on Aging, United States Senate, One Hundred Tenth Congress, Second Session, Washington, DC, 30 April 2008
 

*6) “Implementation of the European Framework Agreement on Telework.” The European Trade Union Confederation, Sep 2006.
   (2019年12月28日閲覧)
 

*7) 人事院「国家公務員のテレワークに資する勤務時間の在り方に関する研究会」 (2019年12月28日閲覧)
 

*8) 前掲註1
 

*9) Allison, Anne. “Precarity and Hope: Social Connectedness in Postcapitalist Japan.” Japan: The Precarious Future. Edited by
   Frank Baldwin and Anne Allison. New York: NYU Press, 2015, pp. 36-57.
 

*10) 奥野斐、坂田奈央「出産で退職する女性は年間20万人…経済損失は1.2兆円!」東京新聞、2018年9月12日
 

*11) 内閣府「平成16年版 少子化社会白書」第2章
 

*12) 政府広報オンライン「知っていますか?ワーク・ライフ・バランス」 (2019年12月28日閲覧)
 

*13) 厚生労働省「育児・介護休業法について」 (2019年12月28日閲覧)
 

*14) 前掲註12
 

*15) 前掲註9
 

*16) インタビュー対応者談
 

*17) 前掲註4
 

報告書全文はこちらから閲覧可能(PDFファイル:約0.5MB)

 
【氏  名】  石村 史(いしむら ふみ)
【所  属】  東京大学
【派遣年度】  2019年度
【派遣先海外研究連絡センター】 サンフランシスコ研究連絡センター

地域 北米
アメリカ
取組レベル 大学等研究機関レベルでの取組
その他 その他
レポート 国際協力員