【ニュース・イギリス】ホライズン・ヨーロッパの行き詰まりに直面しても、EUと英国の研究者は共同助成金の募集に尽力

 
2023年1月24日、Science Businessはバーチャルリアリティーの研究者がコンソーシアムに対して資金提供をし、コンソーシアムがその配分を決定するカスケードファンディング(cascade funding)を利用し、汎欧州としての募集を計画していることを伝えた。しかし、実施に当たっては官僚主義との戦いがある。英国、フィンランド、ドイツ、スペインの研究者ネットワークは、比較的新しいホライズン・ヨーロッパ資金で英国とEUの申請者向けの助成金募集を作成しようとしている。
もしこれが成功すれば、英国がホライズン・ヨーロッパに参加していない間に、いわゆるカスケードファンディングを利用して資金を授与したものは自分で募集を開始し、小規模ではあるが解決策になる可能性がある。

 
現在、英国はEUの研究プログラムに参加していないが、ホライズン・ヨーロッパの募集申請は可能である。しかし、対等な位置づけではない。例えば、授与されても自身の資金を調達しなければならない。そのため、カスケードファンディングを利用しヨーロッパ大陸全体の国々と対等な募集外実施ができればと願う。

 
4か国のネットワークメンバーの一人で英国のUniversity of Bath のバーチャルリアリティー研究者のChristof Lutteroth 氏は「もしこれが可能であれば大変うれしく思う。また、それはヨーロッパ全体の資金調達の素晴らしい成功となるであろう。」と述べた。しかし、EUと英国の資金提供者を説得するための障害に直面している。ネットワークの他のメンバーでAalto University のプロジェクトマネージャーであるTuija Heikura氏は、「それは単に莫大な仕事量となる。」と述べた。ホライズンの行き詰まりで、海峡を越えた関係を保つことに努力している研究者に対しどれほどの事務処理とストレスをもたらしたかを物語っている。

 
European Media and Immersion Lab(EMIL)は、フィンランドのAalto University、 英国のUniversity of Bath、スペインのPompeu Fabra University、ドイツのFilm Academy Baden-Wutternbergのコンソーシアムである。ホライズン・ヨーロッパから560万ユーロの資金提供を受けており、使用者の感情をVRで感知するなど、仮想や拡張現実の可能性を追求するプロジェクトで、各機関には25万から50万ユーロの助成金が支給されている。これは、カスケードファンディングとして知られている第三者財政支援(Financial support third parties (FSTP))といわれる助成金の一つで、ホライズン2020のICT募集の際に初めて導入され、その後、様々な分野の末端まで拡大されていった。

 
EMILがこの助成金に応募した時、英国は2020年末の英国―EU間の貿易・協力協定合意でホライズン・ヨーロッパに参加することが前提であった。政治的な言い回しでは参加は「決定済み」とAalto UniversityのHeikura氏は述べた。

 
EU離脱で台無しに

 
しかし、英国とEUの関係が悪化し、特に英国がEU離脱後の重要な部分である北アイルランド議定書を無効にすると脅したため、欧州委員会は参加の署名を拒否した。そのため、EMILは複雑怪奇な官僚的なブラックホールに陥った。

 
当初は英国の資金提供機関の一つであるInnovate UKがUniversity of Bath のプロジェクトの役割を補填するため、EMILに資金提供を行い解決されたとみられた。これは英国のホライズン・ヨーロッパ保証制度下にあり、英国を拠点とする研究者がヨーロッパ側のパートナーと一緒に成功した助成金獲得に参加するための資金を出すものであった。「順調に事が運び、Innovate UKも大変協力的であった。」とLutteroth氏は述べた。

 
ネットワークは資金配分のためのスタッフを雇用し始めたが、思わぬ障害にぶち当たった。これはEU のいかなるカスケードファンディングも英国の申請者は使うことが許されなかったためである。そして、現在ネットワークはEUが支援する予算の一部を返還し、University of Bath に予算責任を移行し、英国も保証資金の資格を得るようにした。これにより、Innovate UKと欧州委員の2つのカスケードファンディングを同時に連携させて共同募集を開始することが望まれた。これらの資金は別々のものであり、EUと英国で助成金を獲得した2つは質が異なる可能性があるが、応募は少なくとも同じである。「それはちょうどマクドナルドに行って2人が自分の食事代を払いながら一緒に食事をするような感覚である。」とLutteroth氏は説明した。

 
しかし、プロジェクト全体の計画、管理経過、契約やガイダンスの書類、などの変更が必要となり、ネットワークの8月の締め切りの第2回目募集に英国の申請者も含めるよう、時間と闘いながら準備を進めている。第1回の募集が12月に行われたが、解決策が合意に至らず英国の申請は除外された。「限られた時間は非常に短く、相手は恐竜ほどの大規模な組織である。」とHeikura氏は英国とEUの資金調達機関について語った。

 
EUと英国の資金調達機関、EU助成金授与者はカスケードファンディングの資金を同時に支給するために全てに合意する必要がある。これに関してInnovate UKにコメントを求めている。現在、チームはInnovate UK、欧州委員会、助成金受賞者と連絡を取って、これらの変更の可能性を確認している。

 
「すべての準備を整えてからでないと動けない。そうしなければ、官僚的な縛りですべての仕事が停止してしまうというリスクがある。」とHeikura氏は語った。彼女はこの2つのカスケード募集は「将来採用すべきであり、最初から計画する必要がある。」と述べた。

 
欧州委員会の介入

 
欧州委員会はネットワークがやろうとしていることについて快く思っていないようである。「非参加国である第三国との共同出資や並行助成金制度に提供することはFSTP(カスケードファンディング)の目的ではないことは確かである。」と関係者はEMILに関して尋ねられた時に答えた。「受益者は助成金契約に沿って欧州委員会に報告しなくてはいけない。EU予算からの助成金は第3国に対して通常は提供されるものではなく、他から資金調達をしなくてはいけない。」しかし、EUは他の方法を通して第3国に共同出資を行っており、ブラジル、カナダ、日本、メキシコ、中国、モナコ、韓国、スイスとの間ではそのような合意に至っている、と指摘した。ただし、それらの共同出資の募集は本当に統合されているわけではない。EUの参加国はEUの規則を守らなければならず、他国の参加者もその国の規則に従っている。別々の助成金は別々に署名される。

 
戦いは続く

 
しかし、EMILの研究者は汎欧州の資金調達募集が成功すると希望を持っている。Lutteroth氏は、英国とEUの資金調達機関に関して「柔軟にやってくれるとは思ってもみなかった。」と述べ、今後も機関を説得し続けることを誓った。Lutteroth氏にとって、EUと英国間の研究の絆を維持する試みは個人的なものである。ドイツ国籍でUniversity of Auckland からUniversity of Bath に移ってきた時は2016年の英国のEU離脱が決まった翌日であった。「当時の婚約者と私はその結果が全くうれしくなかった。」と国民投票結果について話した。

 
皮肉なことに、Lutteroth氏がかつて働いていたニュージーランドでは、昨年12月に英国より早くホライズン・ヨーロッパとの協定に合意し参加することになった。「全く不合理なことである。私にとってとても政治的である。研究コンソーシアムとしてこのようなことには巻き込まれたくない。」「つまり、小さな人々が大きなシステムに立ち向かうようなものである。」とLutteroth氏は助成金募集を成立させるための苦労を話した。助成金システム改革には、1から2人の数か月分の仕事量が必要になるであろう、と予想した。

 
「フィンランドの全ての大学は、英国のパートナーと研究することを非常に好んでいる。」とAalto University の国際プロジェクトマネージャーでネットワークの組織も手助けしているJuhani Tenhunen氏が語った。「英国がホライズン・ヨーロッパに参加しないことは、何かが奪われたような感覚がある。」


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