【ニュース・イギリス】英国はどのくらい革新的か?その答えは算出方法による

 
2022年10月20日、Science Businessは英国における研究開発投資に関する問題を伝えた。

 
首都ロンドンでの政治的混乱の渦中、英国の統計当局は英国の企業の研究開発費の投資額の見積額を引き上げたことで、ちょっとしたざわつきを起こした。この変わった出来事は研究開発統計が政治的にどのぐらい重要であるかをはっきりさせた。

 
英国政府は瀬戸際にいるだろうが、世界の統計専門家にとってもっと重要な問題がある。英国の研究開発費は正確に測定しているのか? 英国独自のものであるが、その結果として、世界的に研究開発統計の重要性が高まっていることを明らかにした。

 
9月29日、英国国家統計局(Office for National Statistics: ONS)は、経済において民間企業の研究開発の価値を不注意に数年に渡り過小評価していたことを発表し、データ処理業界を驚かせた。計算を再度行い、来月には最終統計が行われ、2020年の研究開発費の価値を430億ポンドとし、それ以前の推定額から161億ポンド(62%)増加することになる。

 
驚いたことに、その結果、スプレッドシートをクリックするだけで英国経済は以前考えていたより突然、研究集約型の国に見えるようになった。また、GDPに占める研究開発投資の割合が政府の目標に達成し、イノベーションにおける世界ランキングで数位上がる可能性がある。

 
軽蔑のまなざしを受けているにもかかわらず、統計学者の世界では、統計局は数字をサバ読んでいるとは誰も言っていない。ONSは誠実さと政治から独立しているという機関として世界的な評価があり、この変更を暗示する複数のオンラインからの投稿でその論理的根拠を説明するため特別な努力をしている。

 
しかし、このタイミングは政治の世界の人々を警告しており、財務大臣に就任したばかりのJeremy Hunt氏は国家予算を削減し、ポンドの安定化を模索していた。その模索はLiz Truss首相が辞任発表した後でも継続するだろう。削減の主な対象は、企業の研究開発税額控除や大学への資金提供になるといわれている。

 
University of Cambridge の公共政策の教授であるDiane Coyle 教授は「懸念されることは、更に緊縮財政が進むと、政府はすでに(研究開発)の目標を達成したと言うので、これ以上行う必要がないということである。これは間違いであり、重要なのは数ではなく方針である。」と述べた。

 
統計を非難して予算を削る論法

 
国会議員の何人かは留意している。「英国政治の悲惨な数週間のあと、研究開発の支出を削減することはあまりにも短絡的であり逆効果である。」と自由民主党のオックスフォード地区選出のLayla Moran 議員が述べた。彼女はONSのデータを信用しているが、政府の対応については信用していないという。「もし財務省が常識的であれば、彼らは研究開発費の目標を挙げるための大変な努力をするべきで、投資額を減らす口実に統計的な不祥事を取りざたすべきではない。」

 
研究開発やイノベーションの統計は、以前は経済学者や統計学者だけの難解なトピックであったが、今では多くの国で政治的な論議に利用されている。企業がどれだけ研究開発に投資したか、その結果として革新的な製品やサービスの価値は、国の生産性や国内総生産を測ることに反映される。「知識社会において研究開発の集約性という数字が政治家にとって重要である。どのような国でも研究大臣は存在しており、研究開発の集約度が増せば、研究大臣は喜ぶ。」とLund University のイノベーション学のCharles Edquist教授が語った。

 
少なくとも間接的にそれらの数値にはお金というものがついてくる。Edquist教授は、2018年に欧州委員会が加盟国の革新度数を算出する方法論を巡る議論に巻き込まれた。同誌のエッセイなどで、Edquist教授とUniversity of Deusto のイノベーション学のJon Mikel Zabala 講師は、欧州委員会の方法論において、母国のスウェーデンのような豊かな国のパフォーマンスは過大評価され、ブルガリアのような小国ではイノベーションの価値を過小評価すると主張した。これは、欧州委員会がEU内で研究開発費をどのように分配するかを巡る裕福国と貧困国の予算闘争が長期化している時の発言である。(Edquist教授は欧州委員会の方法論は間違っているといっている。)

 
同様な論争がほかでも起きている。カナダでは、大学は長期にわたり研究開発の増額を求めるために、国の研究開発数の少なさを利用してきた。米国では中国の技術成長に対する疑心暗鬼が高まってくる中、研究開発の統計は、予算、移民、安全保障、その他話題となっている問題に対して賛否をつけるために議会で論議の対象となることがしばしばある。

 
測定が困難

 
研究開発費の支出増加に伴い、(世界的には年間2兆ドル以上)研究開発とイノベーションの測定及び比較するシステム全体が一つの産業となっている。「研究開発は生産性と成長を押し上げるものとして顕在的にその重要性が増している。多くの危険があり、測定しがたいものである。」とCoyle 教授は述べた。

 
パリに本部を置く経済協力開発機構(Organisation for Economic Cooperation and Development : OECD)は、この統計を管理している。38の加盟国とともにOECDは聖書と言われる「Frascati Manual(フラスカティ・マニュアル)」を保持しており、統計学者が研究、イノベーション、それを実行する人々、それに費やされる資金をどのように定義するかの詳細がある。年に一度、OECDの加盟国のほとんどの統計局がパリに最新の数字を提出し、そこで分析され、世界的なデータベースに入る。そして、定期的にOECDは研究やイノベーションの方法の変化に伴い、フラスカティ・マニュアルを更新している。最新の更新は2015年である。

 
OECDの数字には改訂が見られるが、英国の最新の推定額の規模のようなものではない。最近の記憶に残るもので最大でも20%であった。その理由は様々であり、EUの研究開発費を自国のものとしてしまったり、自国の中小企業の数を過小評価するといったものである。それぞれの場合、OECDは報告を受けた統計局に送り返し、別の調査を行うことができる。OECDは自国の世界ランキングにその数字を組み込む義務はない。

 
英国の古い数字に基づくと、OECDの要約では、研究開発費に関してカナダを除く他のG7の国から大幅に遅れをとっていた。2019年のGDPではたったの1.76%で、その年の平均は2.5%であり、ドイツは3.19%であった。新しい英国の数字は2.4%に押し上げたが、偶然にも政府が目標としている数値であった。聞こえは大変いいが、イングランド銀行の顧問であるJosh Martin氏は、英国の高等教育ニュースウエブサイトのWonkHeで「現在測定方法が改善されて2.4%の目標が達しても、勝ったとは思わない。」政府はもっと高い目標を持つべきである。

 
方法論の問題

 
変化の規模はとても大きいが、英国の方法論の問題の源は、特に統計学者を驚かせるようなものではない。民間企業が研究への投資額(Business Enterprise Research and Development: BERD)を見積もるため、ONSでは2つの情報源からデータを得ているが、少なくともここ数年の間の2つの情報源は矛盾した数値を示している。

 
1つはONSの年次統計で企業に関する調査である。5,400件の英国内の企業に対して、どのような研究開発費をどのぐらいのコストで行っているかを質問している。ONSは経済全体の総量から推測し、2020年のBERDを269億ポンドと推定した。

 
もう1つの情報源は税務当局である英国歳入関税府(His Majesty’s Revenue & Customs: HMRC)からのものである。英国は企業の研究開発に関して入念な税制優遇措置を維持している。歴代の保守党政権が、国をイノベーション超大国にするため、企業に投資をしており、近年は成長している。毎年HMRCは企業の投資に対する税額控除の申請を集計している。2021年3月31日に終了した年度の税額控除額は66億ポンドで、これは研究開発費の総額は381億ポンドであることを意味する。

 
この2つの情報源の差は42%と莫大である。このようになってしまったことに対して多くの理由がある。HMRCの数字は、実際の確定申告からの情報で、研究開発費の請求が膨らんでしまってるかもしれない。政府の国家会計検査院は、以前、税務局に対して研究開発費の請求を厳重に取り締まらないことを非難したことがあり、現在措置を申請した中小企業の「誤りと不正」の割合が7.3%に上ると述べている。それと反対にONSの調査はHMRCと異なるデータから企業を取り出しており、これらのデータベースには、研究を行っている企業が欠けている。

 
手短に言えば、HMRCの数は高すぎ、ONSの数は低すぎなのかも知れない、ということである。ONSの調査・経済指標部長であるHeather Bovill氏によると、この件に関してはONSでは今年の初頭から問題に取り組んでいるという。その作業は、データを見て、我々のデータ系列が異なっていることに着目し、そこで何が起きているかを見ることから始まっている。その上、調査方法は1980年代のものである。「研究開発費のためのサンプリング方法は、もし現時点で新たな調査を立ち上げなけらばならなくなった場合とは異なる。」とBovill氏は述べた。

 
その結果、ONSはBERDの推定額を修正することを決めた。まずその理由を発表し、来月には最終的な数字を発表する。そして来年2月には、より多くの中小企業が以前より研究開発を行っているという結果を反映するため、更新された調査方法で行う新しい調査を実施する計画である。その結果は2023年11月に発表予定である。

 
未解決な問題

 
HMRCが自分たちの数字に対してどうするのかはうやむやになっている。Mikel Zabala 講師は、英国政府が企業の研究開発費の税額控除に対して緩和を始めた2015年からBERDの数字がおかしくなってきたことに注目し、HMRCの数字をあげたのは寛大な税体系のためであり、「英国企業が研究開発投資に傾倒しているからではない。」という。

 
HMRCの広報担当者は、Science Businessの回答に答え、税制当局では「ONSの改訂版を歓迎している。」と述べた。「他の国と比べて、英国の研究開発支出の位置付けの理解を変えるからである。不正行為に関して、研究開発減税の組織的な犯罪や詐欺行為の乱用をかなり防止しており、不正行為の更なる監視を続けている。不正の疑いがある場合は確認され、2022年4月以降、1,600人以上の請求者がその請求について妥当と検証するため情報提供を求めらている。それらの80%以上の請求は、我々の確認によって支払いが行われていない。研究開発減税は改定され、改訂されたことで、それ以上の不正を軽減することに役立つであろう。」と述べた。

 
OECDの広報担当者からは、英国の状況に関して「話すことはない」という回答であった。一般的に、「OECDの加盟国やパートナーの国からOECDに提出したデータを訂正することはよくあることである。その場合、OECDの担当チームは訂正されたデータの見直しを行い、データベースに入れる前に、追加的に詳細の提出を求めることがある。答えの最初のヒントは、OECDが次回の年次の数字を発表する来年の3月かもしれない。」と述べた。


Science Business:How innovative is the UK? Depends on how you count it


地域 西欧
イギリス
取組レベル 政府レベルでの取組
その他 その他
統計、データ 統計・データ