【ニュース・イギリス】キャリア早期段階の収入への学士号の影響

 
2018年11月27日、英財政研究所(IFS:Institution for Fiscal Studies)は長期的教育成果(LEO:Longitudinal education outcomes)の管理データを利用し、個個人の大学入学前の特性を計算に入れた上で、早期キャリア段階における個人の収入に高等教育が及ぼす影響の最新予想を作成し、報告書として発表した。これは、将来有望な生徒にとって、大学ではどこで何を学ぶか、そして大学に行くかどうかを選択するための重要なエビデンスとなる。発表の概要は以下のとおり。
 
IFSは、29歳時点での収入に関し、高等教育を受けているということの全体的平均的な影響を算定した。そして、2000年代中盤から後半にかけて高等教育に進んだ者を元に、この影響が異なる学位の学科や異なる大学で学んだ個々人の間でどのように違っているかを示した。また、IFSは、GCSEの結果や、数学や科学(STEM)の科目をAレベルで受けたかどうかなど、大学以前の学力が異なる学生にとって、収入等の見返りがどのように違いうるかについても調査している。また、IFSは、高等教育を受けた卒業生よりもむしろ高等教育を開始する学生に焦点を当てている。これは、進路の選択が将来有望な生徒が直面する決断だからである。
 
この報告書は、教育省(DfE:Department for Education)からの委託を受けてIFSが報告する一連のものの中で2つめの報告で、LEOのデータセットを利用して高等教育学位の価値に関する情報を改善するものである。IFSがDfEと提携して開発したデータセットは、イングランドの学生の情報を中等教育学校、カレッジ、大学、さらに労働市場まで追跡しているものである。今回の報告書では初めて、高等教育を受けた者と、同様な特徴を持つが高等教育を受けていなかった者との比較にデータセットを利用し比べている。
 
すべての推計では、(そうではないと明記されていない限り)“持続した雇用”を条件として、18歳で高等教育に進学することの29歳時点の年間総収入の効果が報告されている。高等教育に進学した学生と、しなかったがGCSEでA*-Cを最低5つ取った者とを、以前の成績の違い、第五主要段階(注:16歳から18歳にかけての教育課程を指す)での科目選択そして家族背景を照らし合わせて調べつつ比較している。
 
この先駆的なデータセットは、高等教育に進学したものとしなかったものの多くの違いの説明を可能にするが、情熱や好みなど、進学決定に影響するほかの要素は含まれていない。また、これらの推計は、大学というものの金銭的な見返りに焦点を当てているが、学位が持つ幅広い社会的利益については十分に反映されていない。従って、これらの結果を解釈する際には十分な注意が必要である。
 
主な発見は以下のとおり:

  • 高等教育を受けた者はそうでないものと比べて平均収入が多い。29歳時点で、高等教育を受けた平均的な男性は、そうでない平均的な男性(GCSEでA*―Cの成績を5つ得た者)と比べて約25%多い収入を得ていた。女性の場合、この収入差は50%以上だった。
  • こうした違いの大部分は、大学入学前の学力の相違によって説明可能である:高等教育を受ける典型的な学生は、進学しない者と比べ、大学入学以前の学力がより高く、また裕福な家庭の出身であることが多い。つまり、そのような人は大学に行かなくても収入が高くなる可能性が高い。
  • 大学入学前の特徴の違いについては既に説明したが、高等教育を受けたということが収入に及ぼす平均的な影響は、29歳時点で女性では26%、男性では6%だと推計される。高等教育を卒業したことの影響に焦点を置いた場合は、彼らの得る収入増加の見返りはそれぞれ28%及び8%に上昇する。
  • 女性の方が高い見返りを得られるということについては、高等教育を受けた女性はそうでない女性に比べて長時間働くということが原因であるかもしれない。労働時間に関する影響は原因かもしれないが、もし大卒者が子供を持つことを遅らせているというのであれば、これは29歳以降よりも29歳時点の方でより大きく影響している可能性がある。
  • 重要なことは、29歳という年齢は個人のキャリアの中では比較的初期である。30歳以降、高等教育を受けた男性の収入がそうでない男性に比べよりより急速な増加を続けるという強い証拠がある。これは、男性にとっての高等教育の見返りが、現時点で推測できるものよりも後の年代でさらに大きくなってくるという結果となりそうである。女性の場合、受けた教育タイプごとで30歳以降の収入が分かれていく傾向はあまり明確ではない。
  • すべての学位が同様というわけではなく、学科の選択は見返りに関して非常に重要な決定要因であるように思われる。男性の場合、クリエイティブアート、英文学または哲学を専攻した者は、実際のところ、似た背景を持つ高等教育に全く行かなかった人々よりも29歳時点で低所得という結果になっている。対照的に医学、経済学を専攻することで20%収入が増えている。女性の場合、負の見返りをもたらす学科はなく、経済学や医学を専攻することで29歳時点の収入は約60%増す。
  • 見返りにはかなりの違いがあるため、高等教育機関の選択も非常に重要であるように思われる。男性の場合、20%以上の増収という見返りをもたらす大学が18ある一方、29歳時点で統計的に平均して明確な負の見返りをもつ高等教育機関が12(男性学生の4%に当たる)ある。女性の場合、平均して見返りは大きいにもかかわらず、66の高等教育機関で20%以上の増収という見返りがある一方、それでもなお29歳時点で統計的に明確な負の見返りを持つ高等教育機関が2つ(女性学生の0.4%に当たる)ある。
  • 大学に入った男性の67%と女性の99%(従って学生の85%)は、平均して29歳時点で明らかに正の見返りを得ている。
  • 男女とも、全ての学科、全ての大学において幅広い見返りの違いがあった。例えば、ケンブリッジで学ぶことは男女とも平均で約30%の増収という正の見返りを生ずるが、しかし一部の学科を選択することは、例えばクリエイティブアーツでは、実際のところ大学に全く行かなかった者より29歳時点の収入は低くなるという結果になるようである。
  • 高等教育に対する見返りは、学生のタイプによってもかなり異なる。高等教育を受けたということは、AレベルでSTEM科目を取っておらず以前の成績(GCSEの成績に基づく)の低かった男性の29歳時点の収入を4%増加させるだけである。これは、AレベルでSTEM科目を取らなかったがGCSEの成績が高かった人たちの20%にしか当たらない。以前の成績が悪かった生徒は、クリエイティブアーツやコミュニケーション及びスポーツ科学のような見返りの低い科目を専攻しやすく、また見返りの低い大学に行きやすいため、収入が低くなる。
  • しかし、これが唯一の説明ではない。彼らは例え、以前の成績がより良かった人たちと同じ学科や同様な大学に入ったとしても、より低い見返りを得ることとなる。

表:全体的な見返りと、以前の成績グループ別の見返り(注:IFSの表を訳したもの)

  全体 AレベルでSTEM科目なし AレベルでSTEM科目あり
低成績 中成績 高成績 低成績 中成績 高成績
男性 6% 4% 8% 20% 11% 9% 5%
女性 26% 23% 25% 31% 22% 16% 23%
  • これは、高等教育システムの拡大の影響を検討する際、明らかに重要なことである。IFSが調査した期間では、GCSEでA*からCまでの成績を5つ取ったが大学に行かなかった全生徒の70%が、AレベルでSTEM科目を取らない場合、この従来の成績が低いグループに入っている。
  • 以前の成績が高く、AレベルでSTEM科目を取っている男性は推計5%の収入増という見返りを受けているが、これは期待されているよりも低いものかもしれない。これは大きく差がある:法学、医学または経済学を学ぶことは彼らの収入を約20%増やし、この集団にとってラッセルグループに行くことのメリットは約10%の増収である。一方で、英文学、コミュニケーション、心理学、語学及び歴史学を学ぶことや、ポスト1992大学(注:比較的新しい、1992年の制度改正以降の大学)またはその他の大学に通うことは、実際のところ、このグループにとって大学に行かなかった場合より(もちろん、これらの個々人は収入を最大化しようという以外の理由でそれらの選択をしているのかもしれないが)低い収入に繋がるようである。全体で、このグループのうち高等教育に行っていないのは5%だけであって、それはかなり珍しいことのようである。実際、彼らの29歳時点での平均収入は年間約40,000ポンドと非常に高い。そのため、これらの特徴的な推計は取り扱いに注意が必要である。
  • 女性の間では、いくらか同様のパターンが現れているものの、全てのグループで高等教育に対する見返りは高かった。以前の成績が高く、AレベルでSTEM科目を取っていない女性は、以前の成績が低かった女性たちよりも高い見返りを得ている。男性とは異なり、もし以前の成績が低くAレベルでSTEM科目を取っていない女性が成績の高かった女性と同じ科目を専攻したとしても、低い見返りを得ているというエビデンスはない。その代わり、このグループに対する低い見返りは、ソーシャルケア、心理学、教育学のような低い(それでも著しく有意義なものではあるが)見返りの科目を専攻する傾向が高いことによって起こっているものと思われ、また彼女たちがより見返りの低い大学に入りがちであることによるものと思われる。

The impact of undergraduate degrees on early-career earnings
 
【メディアの反応】
 
○BBC News
 
BBC Newsはこのことについて、29歳時点の給与分析の結果では、Oxford大学で数学を専攻した女性とBristol大学で経済学を専攻した男性が、大学に行くことによって最も収入増を得ているとなどして伝えた。BBCの報道ぶりの概要は以下のとおり。
 
学位を持つ女性は、持たない女性より平均28%多く収入を得、学位を持つ男性は持たない男性より平均8%多く収入を得ている。
 
しかし大学に行った男性の3分の1は、その学費の額にもかかわらず、“取るに足りない”ほどの収入増しか得ていなかった。
 
男性にとって最も所得が低かったのは、Sussexでの哲学専攻、女性にとって最も所得が低かったのは、Westminsterでコンピュータ専攻であった。
 
この報告書は、イングランドの学校に通い、その後イングランド、ウェールズ、スコットランドの大学に進んだ人達の納税記録を基にし、大学進学が収入にどのような影響を与えるかを調査したものである。
 
この調査は、大学卒業者が平均50,000ポンドの借金を抱えて卒業するにもかかわらず、社会的な恩恵はさておいてその金額に見合う価値があるかどうかを問いかけている。
 
学位を持つ女性は、学位を持たない女性より平均で年間6,700ポンド多く稼いでおり、ほとんどどの課程、大学でも女性は収入が増進している。しかし男性の場合その差は縮まり、学位を持つ男性は学位を持たない男性より平均で(年間)2,700ポンド多い収入であった。
 
大学に行ったが、その大学が学位を持たない男性と比べて、収入に対し“取るに足りない程度または負の影響”をもたらしている3分の1の男性への非情な問いがある。彼らは学費に値するだけの価値を得ているのか?
 
報告書では、学位を持つ女性は学位を持たない女性と比べて非常に高い収入を得ているため、女性にとって学位を得ることは明確に“優良な投資”であるとしている。
 
その原因の大半は、とりわけ学位を持たない女性は低所得者になりやすく、そしてそのために彼女たちと学位取得者との間の差が大きくなっていきやすいからである。これは、学位を持たない女性が、特に給料の少ない仕事に就きやすいからであるかもしれない。しかし、学位を持たない女性は学位を持つ女性より、20歳台で2倍、パートタイム職として働くことが多いという事実もある。これは、学位を持たない女性は学位を持つ女性より若いときに子供を持つ傾向があるということである可能性がある。
 
そのため、報告書で述べられた女性にとっての大きな利益は、フルタイムで働く学位を持った女性とパートタイムで働く学位を持たない女性の比較も含んでいる可能性がある。
 
また、報告書では、専攻した分野によっても収入の大きな違いがあることを示している。
 
給与水準の上位学科は、医学、経済学、数学、ビジネス、法学であった。
 
女性で医学を専攻した者には、学位を持たない女性と比べて78%多い収入が見込まれる。
 
低位の学科は、クリエイティブアーツ、哲学、英文学であった。
 
男性で、これらの学科を専攻した者は、大学に行かなかった男性よりも平均して低い収入を得ており、負の見返りを得やすい。クリエイティブアーツを専攻した男性は、学位を持たない男性より14%低い収入が見込まれる。
 
表の上位では、4つのロンドンの大学(LSE、Imperial、King’s College、SOAS)とOxford出身で最も見返りを得ている女性に、目立った収入の割り増しがあった。
 
BristolとCambridgeは男性学生にとっての高収入者リストに入っている。
 
学位を持った男性の下位には、Bath Spaのような若い大学や、Leeds Cityのような継続教育を行なっているカレッジが含まれる。
 
Boltonは例外で最下位となっているが、ほとんどの女性が、給料の上昇をもたらす大学に在籍している。若い大学が将来の収入にあまり良い影響を持たないということは、それほど驚くようなことではないかもしれない。
 
また、Ravensbourne、Goldsmith、University of Artsなどの芸術系の教育機関も、低収入となることは予測可能かもしれない。
 
しかし、負の成果を出している大学、つまり男性の収入が平均で学位を持たない人よりもより低い26機関や、見返りが2%以下の39機関には、詳細な調査が実施されるかもしれない。
 
Essex、Hull、Leicester、Sussex、Keele、Bradfordは全て、男性学生にとって、収入に10%以下の割り増ししか持たなかった。
 
専攻と大学の選択を一緒に見た場合、高収入・低収入が極端な結果となる。
 
女性では、Oxfordでの数学が最も高く、LSEでの経済学が続く。University College Londonの経済学は大きな見返りをもたらし、Imperial Collegeでの医学も同様である。
 
実際に、最も高い収入を得ている者は、ごく一部の大学で取られた数学、法学、医学、物理学、経済学の限られた組み合わせでできている。
 
学位を持つ男性も同様で、Bristolでの経済学、Oxfordでの物理学がトップであった。
 
女性の場合、最も給料が低いのはWestminsterでのコンピュータ専攻である。Boltonでの心理学専攻も下位5位に入っている。
 
しかし、課程がどれだけ成果へ影響するかを示すのであれば、Cambridgeのクリエイティブアーツ専攻は高収入をもっとも与える可能性が低いところに分類されている。
 
男性にとって、Sussexの哲学専攻は見返りの率が最低となる場所としてランク付けされておりOxfordでの語学専攻もまた、男性の収入下位5位に入っている。
 
大学担当大臣であるSam Gyimah氏は、若者が大学について、情報を得た上で選択をできるようにすることが重要であると述べている。これは、彼らが学位から、支払っただけの価値を得るということを考えるための助けとなる。彼は、このことによって、そういった低い見返りしか提供できないように見える課程に対して“光を当て”てもらいたいとも考えている。しかしその背景には、イングランドでの将来の学費を検討する見直し作業という大きな政治的文脈がある。この最新の報告は、次のような幾つかの非常に厄介な問い掛けをなしうる。

  • 収入においてこういった異なる成果がある中で、学部や大学に関わらず、学生に9,500ポンドを請求することは妥当なものなのか?
  • 多くの人、特に男性にとって、見返りが取るに足りないか存在しないようなものなのであれば、であれば、こういった高い学費や負債は持続可能性があるものと言えるのか?

BBC News:Biggest winners and losers from degrees[2018年11月27日付]

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