【海外センターレポート・ブラジル】新教育大臣の就任とブラジルにおける高等教育に向けた展望

ブラジルの政界は、現在混乱の最中にあります。5月12日にジルマ・ルセフ大統領の職務停止が上院で決議され、ミシェル・テメル副大統領が暫定大統領に就任し、テメル暫定大統領は24人の新大臣を任命しました。今月は、新たな教育大臣の就任に伴う、ブラジルの高等教育の状況の変化を簡潔にご報告します。

 

行政府の長である大統領が交代し、その下の閣僚が一新されることで、国の教育の状況が大きな影響を受けることはどの国においても同じですが、ブラジルにおいてその影響の度合いは著しいものです。Times Higher Educationが最近公表したラテンアメリカで最も優良な10大学のランキングに、ブラジルの5つの大学が入り、そのうちの3つが連邦大学です(*1)。

 

ミシェル・テメル暫定大統領は、教育文化大臣にペルナンブコ州選出の連邦下院議員ジョゼ・メンドンサ・フィーリョ氏を任命しました。同氏は、保守政党で知られる共和党(DEM)の所属で、連邦議員、ペルナンブコ州知事を歴任し幅広い政治経験を有しますが、教育政策の経験は乏しいとされています。テメル暫定大統領は就任直後、省庁再編の一環として文化省を廃止し、教育省管轄の文化局に格下げして「教育文化省」とすることを発表しました。結果として、メンドンサ・フィーリョ氏はその省の大臣に任命されたのですが、同氏の大臣就任セレモニーはポレミックなものとなりました。というのも、教育文化省への改編には、独立した省としての文化省の存続を訴える文化人や一部の国民が反発を示したためです。これらの人々からの反対圧力により、テメル暫定大統領は、教育省の管轄機関とせず、文化省を単体として存続させることを決定しました。

 

メンドンサ・フィーリョ氏の任命を、同氏が州知事時代に教育に重点を置いた政策を展開したことで肯定的に受け止めた層もある一方(*2)、「全国教育フォーラム」(官民の教育機関50団体が加盟する組織)コーディネーターのエレーノ・アラウージョ氏のように、その経験不足から懸念を示す声もあります(*3)。最も危惧されるのは、教育への予算の縮小です。というのも、ここ数年で様々な教育への予算カットが行われ、その傾向は今後も変わらず、緊縮財政が続くことが予想されるためです。教育分野への予算の臨時的配分か、教育分野への公金支出額の上限設定となるか、未だ不透明です。また、同氏の大臣就任に伴い、公立大学の民営化の議論が再燃しました。同氏はペルナンブコ州時代、州立学校と民間セクターの連携の“試験的”プロジェクトを実施し、2014年には、公立大学の公開講座と大学院の有料化を定めた憲法修正案に賛成する票を投じています。このことから、同氏の就任は、ここ数年の間に策定される可能性のあった公立大学民営化の傾向を決定付けるものと理解されました。しかし、同氏は記者会見でこれを否定し、公立大学の学費徴収は無く、今後も無償とすることを明言しました(*4)。

 

5月に入り、「高等教育機関の学生向け融資基金(Fundo de Financiamento Estudantil:FIES)」、教育省の「国民全員に大学教育を」プログラム(Prouni)の融資契約が複数の州で停止されましたが、大臣は先週、6月までにFiesの奨学生募集を再開すると発表し、前政権で開始された融資プログラムは基本的に維持するという方針を示しました。

 

大学入試、特に全国中等教育確認試験(Exame Nacional do Ensino Médio:Enem)の予算カットも計画されていましたが、2015年と比較して受験申込者数が9.4%増え(*5)、すなわち920万人以上が今年のEnemに申し込んだことから、政府は予算削減を断念しました。

 

「EnemやFies、ProUni、Pronatec(連邦政府の国家専門教育・雇用実施政策)などを維持するための予算は確保されている」と明言されてはいるものの(*6)、目下の深刻な不況やテメル暫定政権の経済政策を見ると、ブラジルの高等教育の展望には不安材料が残ります。

 

サンパウロ海外アドバイザー 二宮 正人

 

*1:Times Higher Education 2016年5月26日付記事「Most prestigious universities in Latin America revealed」(GROVE, J.)より。2016年5月30日閲覧。
*2:雑誌『Epoca』2016年5月12日付記事「ペルナンブコ州元知事メンドンサ・フィーリョ氏が教育文化相に就任」(OSHIMA, F. Y.)より。2016年5月30日閲覧。
*3:ニュースサイト『Rede Brasil Atual』2016年5月17日付記事「メンドンサ・フィーリョ氏の大臣就任で、教育民営化の方針が明確に」(PEREIRA, T.)より。2016年5月30日閲覧。
*4:ニュースサイトEBC Agência Brasil 5月18日付記事「メンドンサ・フィーリョ氏、公立大学の無償を継続すると発言」(TOKARNIA, M)より。2016年5月30日閲覧。
*5:O Estado de São Paulo紙2016年5月23日付記事「Enem申込者数9.4%増。政府は予算削減を断念」(MARTINS, L)より。2016年5月30日閲覧。
*6:上記注(5)のリンクと同様。

地域 中南米
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