【海外センターレポート・ブラジル】学術研究における動物の使用について

自然、持続可能性、倫理などのテーマに関連して昨今メディアがよく取り上げているのは、動物実験に関する話題です。非政府組織「PETA:People for the Ethical Treatment of Animals」 による調査によれば、世界では毎年、ネズミ、カエル、犬猫、サル、魚類などの1億頭もの動物が、学校の実習、研究、実験などに用いられており、その中で、動物を実験台として使用することはやめ、それに替わる方法を取り入れるべきであるという声が高まってきています。

 

この議論がブラジルで再燃したきっかけは、サンパウロ州のジェラルド・アルキミン(Geraldo Alckmin)知事[ブラジル社会民主党、PSDB]が、州の教育現場において動物の使用を制限するための新たな枠組みを示す法案第706/2012号に対し、拒否権を行使したことです。
この法案は、州議会議員フェリシアノ・フィーリョ(Feliciano Filho)[社会キリスト教党、PSC]が作成したもので、サンパウロ州議会(Assembleia Legislativa do Estado de São Paulo:Alesp)を2017年7月初めに通過しました。法案に盛り込まれた施策は、生物、生物医学、医学、獣医学、心理学の分野の多くの教育現場に影響するものでした。

 

州知事は、7月26日付の州官報(*)で公告された声明において、「職業教育・実習での動物の使用において、動物の健康・安全、倫理的指針を遵守させるという、この法案の崇高な目的は理解できるものの、法案裁可を拒否するという決断をせざるを得なかった」と述べています。
動物の使用を制限することは州議会の権限を超える行為であり、これについては既に、2008年法律第11794号(同法施行令は2009年政令第6899号)が制定され、この法律により国家動物実験管理審議会(Conselho Nacional de Controle de Experimentação Animal:CONCEA)が発足しており、国レベルで扱われている問題であるというのが州知事の主張です。

 

また、州知事の拒否権行使の決定は、サンパウロの三つの州立大学(UNESP=サンパウロ州立大学、Unicamp=州立カンピーナス大学、USP=サンパウロ大学)の意見書を根拠としています。動物の権利保護を訴える人々は州知事がこの法案を裁可するよう動いていた間、この三大学の総長は2017年7月10日に州知事と面会して法案第706/2012号への全面的な拒否権行使を求めており、サンパウロ州地域獣医師協議会(Conselho Regional de Medicina Veterinária-São Paulo:CRMV-SP)も、州知事にこの法案を拒否するよう働きかけました。

 

2008年連邦法第11794号の制定でその傾向が強まったとはいえ、実習で生きた動物を使う機会を減らさなければならないことを良しとするような獣医学科を見つけるのは難しいでしょう。2008年法律第11794号は、通称を「Arouca法」といい、連邦憲法第225条第1項VII号を法制化したもので、教育および学術研究目的の動物の人道的な使用の指針を定めたものです。

 

しかし、この法案をめぐっては、生きている動物の使用を、所有者の許可の下で患者の診断・治療目的の研究のみに限定している点、将来的に法案が法律になる場合の移行期間が無い点、Arouca法により制定された指針に反する点などが論争の的となりました。
サンパウロ大学獣医学・畜産学科のジョゼ・アントニオ・ヴィジンティン(José Antonio Visintin)教授は、「生きた動物で実習をさせずして、学生に、手術や人工授精、帝王切開の技術を十分に身に付けさせられるはずがない。」と話しています。

 

代替方法

 

州議会が承認した法案に賛成の立場をとる、連邦獣医学審議会(Conselho Federal de Medicina Veterinária:CFMV)特別対策委員会のカルロス・ミュラー(Carlos Müller)委員長は、シミュレーター(バーチャル・リアリティ=仮想現実)、モデル、マネキン、3Dプリンター、手術トレーニングビデオ、ボディペインティング技術、倫理的に使用が適正な遺体、フィールドワーク等の様々な人道的方法を代替案として挙げており、「動物に痛みを加えたり、残虐性がみられるような実験が、ほかに選択肢があるにもかかわらず、実習や学術研究において行われている場合、それは犯罪となる。」と指摘しています。

 

ロンドンに本部を置く「World Animal Protection」ブラジル事務所の獣医学プログラムを担当するロザンジェラ・リベイロ(Rosangela Ribeiro)氏は、「法案の根拠は正しいものだが、法案に関する議論にはより多くの人が参加すべきだった。また、教育現場における動物に危害を加える使用についても、より明確に定義する必要があった。」と考察しています。
また同氏は、法律が定める例外を除き、各学科に対し、生きている動物の使用から別の代替方法に変更するまで、2年の移行期間の設置を認める規定を含めることもできる、との見解も示しています。

 

いずれにしても、この法案をめぐる議論は、教育や学術研究における動物の使用の倫理的な手続きに関する指針強化につながる可能性があります。2017年7月の州知事との会合では、州立三大学の総長らにより、Arouca法および関連規則のサンパウロにおける施行を拡大する方法を検討するための委員会の設置が提案されています。

 

(*)2017年7月26日付州官報:Diáro Oficial Estado de São Paulo(quarta-feira, 26 de julho de 2017)(2017年9月5日閲覧)[PDF:228.77KB]

 

GLOBO RURAL:Alckmin veta projeto que propunha o fim do uso de animais vivos no ensino 2017年7月26日付(2017年9月4日閲覧)

 

サンパウロ海外アドバイザー 二宮 正人

地域 中南米
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