【ニュース・アメリカ】米国2018会計年度予算が成立―科学技術関係予算は大幅削減を提案した大統領予算案から一転、近年では最大級の支出増へ

米国議会は2017年3月23日、12分野の法案を束ねた2018会計年度の予算法を可決し、同日大統領が署名することで2018会計年度予算が成立した。2018会計年度は2017年10月1日から始まっており、約半年遅れで成立したことになる。2017年2月に公表されたトランプ大統領の予算教書(議会に対する要求)では、国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)の予算削減をはじめ科学技術関係予算の大幅な削減が示されたため、大きな話題となったが、最終的な結果を見ると、米国科学振興協会(American Association for the Advancement of Science:AAAS)の見積もりによると、インフレ調整後の研究開発支出総額は、過去最大の額になると見込まれている。以下、米国科学財団(National Science Foundation:NSF)の予算を中心に概説する。

 

<要旨>

  • NSFの予算額は2017会計年度比プラス4%増の77.7億ドル。うち研究関係予算は5%増の63.3億ドル。当初13%の削減とされていた教育・人材関係予算は3%増の9億ドル。主要施設・設備関係予算は大統領要求通りマイナス13%削減の1.8億ドル。
  • 当初マイナス22%の削減が示されていたNIHは9%増。エネルギー庁の新エネルギー研究、海洋大気庁の研究など、現政権が大幅な縮小、終了を予定していた事業は存続することになった。
  • 両院与野党の合意により2018年度、2019年度の債務上限引き上げが決まったことが今回の法案成立につながった。学術関係団体からは今回の予算案を評価する声が上がっている。ただし、与党内にも財政規律の視点からの懸念の声はある。
1.FY2018予算の内容

【NSF】

  • NSFの予算額は2017会計年度比4%増の77.7億ドル。大統領予算要求では同11%減とされていたところから、大幅に増えたことになる。うち研究関係予算は5%増の63.3億ドル。当初13%の削減とされていた教育・人材関係予算は3%増の9億ドル。主要施設・設備関係予算は13%減の1.8億ドルであるが、これは大統領要求の通りである。
  • 上院歳出委員会が公表している予算法案のノートにおいて、「National Science Boardが示した2018年版科学技術指標によると、NSFの予算支出は、中国や他の競争相手が研究費の面では米国より先に行っているのではないかという懸念の高まりを反映している」とされており、米国の競争力に対する危機感が示されている。
  • ハリケーン被害を受けた研究施設への支援、研究の多様性の確保、海洋研究の確保(研究船の建造)などについてリマークされている。研究関係予算の増分については、どの事業にどのくらいの経費を充てるかは直接議会が指定せず、予算法上は、NSF法に定められた施策を講じる上で必要な額としてこれらの金額を確保するということが定められているのみである。3月27日時点では、NSFの各部局・分野別の予算確定額は公表されていない。ただし、両院合意にあたって、EPSCoR事業*に1.7億ドル、南極の研究観測施設の更新に180万ドルをあてることを推奨(recommend)するとしている。
  *EPSCoR(Experimental Program to Stimulate Competitive Research:競争力のある研究を促進する実験プログラム):学術研究基盤を強化することを目的とした支援を行うプログラム。過去、相対的に少ない支援を受けてきた州を対象とする。

 

【国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)】

  • 大統領予算要求において、NSF以上に厳しい状況にあったNIHは、当初の22%削減案から一転して9%の増加となっている。この中には、高齢社会インフラの再構築のためのアルツハイマー病の研究、トランプ大統領が力を入れているオピオイド剤中毒対策の経費40億ドルも含まれている。
  • 大統領予算要求では、間接経費(indirect cost)の削減が提案されていたが、成立した予算の中には間接経費の削減は盛り込まれなかった。ただし、議会の中では、引き続き議論が必要という声が上がっている。

【航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration:NASA)】

  • 大統領予算要求において3%削減と他の機関等に比べて緩やかな案が示されていたNASAについては、6%増の207億ドルとなっている。大幅な削減が示されていた教育事業については前年同額に戻されている。

【エネルギー省(Department of Energy:DOE)、海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration:NOAA)、その他機関】

  • 気候変動や代替エネルギーの研究開発に係る予算については、財政上の理由だけでなく、地球温暖化に対して否定的な見解に立つトランプ大統領および共和党の政策方針との関係を受け、大統領予算要求および下院予算案では大幅削減が示されていた。最終的な予算法では、大統領予算案では廃止することとされていたNOAAの海洋・沿岸関係の研究に対する支援であるSea Grantプログラム、DOEのエネルギー高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency-Energy:ARPA-E)なども存続することになった。

【科学技術関係経費の総額】

  • 科学技術関係経費の総額がどのくらいになるかということについては、予算要求に当たって大統領府科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy:OSTP)が概略を公表しているが、今回の議会の予算法においては、どの経費が科学技術関係経費に当たるかという公式な数字は示されていない。AAASの試算では、2017年比で12.8%増(201億ドル増)の1,768億ドルとなり、基礎研究・応用研究に対する支出としては10.7%増(81億ドル増)の832億ドルとしている。これはオバマ政権時に、リーマン・ショックによる経済危機に対する刺激策として単年度で講じられた措置を除くと、2001年度以降最大の支出になるとしている。

American Association for the Advancement of Science:Omnibus Would Provide Largest Research Increase in Nearly a Decade“予算法案はこの10年で最大の研究費増をもたらす”(2018年3月23日更新)

 
 

2.成立までの経緯と米国の財政制度

米国では、会計年度の開始までに予算が成立しないことが半ば常態化しているが、本年度に関しては、予算成立のために何が支障であったのか、なぜこのタイミングで成立に至ったのか、背景として以下のような要素が挙げられる。

 

予算編成に関する議会の強い権限
  予算は法律であり、その編成権限は議会にある。大統領は大統領予算教書という形で議会に対して予算審議の参考とするよう求めることはできるが、これがそのまま予算法案の原案となるわけではない。議会は大統領予算教書を参考にするが、拘束力はない。予算案作成に必要な調査等も、議会予算局(Congressional Budget Office)が大統領府行政管理予算局(Office of Management and Budget:OMB)から独立して調査等を行う。
両院の歳出委員会が予算案の原案を作成。公聴会などを行いながら審議を進める。下院予算法案、上院予算法案の時点で、すでに大統領予算案の前年度比11%減に対して、ともに2%減と押し戻す額となっていた。詳しくは参考資料3のグラフを参照。
議会の予算編成、審議に対して、大統領が持つ権限は、最終的に議会が可決した予算法案に対して署名をしない(拒否権の行使)ことである。今回、トランプ大統領は議会を通った予算法案に対して、当初、拒否権の行使も辞さないということを発言していたものの、最終的には署名を行っている。

 

債務上限と国防予算
  上院・下院ともに委員会のレベルでは着実に審議を行ってきた。それにも拘わらず全体の予算が決まらないという状況を生んだ大きな要因の一つは、予算全体の規模を決定づけることになる債務上限の扱いにある。
歳出に対して税収などの歳入が不足する場合には、連邦政府が借金を行うことが必要となるが、予算管理法(Budget Control Act:BCA)という法律により債務上限が法定化されており、それを上回る借入を行うことはできない。トランプ大統領は大幅減税を公約としたため、歳入が減少する分を歳出の抑制で均衡を取らなければならなかった。かつ、後述のように国防関係予算の拡大を求めていたため、必然的に非国防予算のうち裁量的な経費を圧縮せざるを得ず、それが大統領予算要求における科学技術関係経費の大幅削減につながった。両院はそれぞれの予算法案を作成したが、それぞれの内容が債務上限を上回っていたため、債務上限についての扱いを決めることができない限り予算が成立しない状態となっていた。
しかし2度の政府閉鎖を経て、与野党指導部の協議の結果、2月に2018年と2019年の債務上限を暫定的に引き上げる法案(Bipartisan Budget Act of 2018)が成立。引き上げられた債務上限を国防予算の増加だけでなく、科学技術を含む非国防予算の増額を図ることにより、与野党が今回の予算法案の合意にたどりついた。ただし、与党共和党の中には、財政規律を重視する立場から、債務上限の引き上げに反対する声も上がっている。

 

移民・国境政策
  移民政策、特に不法移民をめぐる対応について共和党・民主党の間に大きな隔たりがあり、二度の政府閉鎖の要因の一つとなった。トランプ大統領は、公約であった不法移民対策のため、メキシコとの国境に「壁」を建設するための経費として250億ドルを要求していたが、議会の予算法案では関係経費が15.7億ドルにとどまっていたため、一時は両院が議決した予算法案に対して拒否権の行使も辞さないと発言していた。しかし、最終的には、上記国防予算の確保のためには「他に選択肢がない」として同法案に署名を行った。

 

上院の議決の仕組み
  上院下院ともに共和党が単独過半数を占めているものの、上院では議事妨害を避けてすべての法案を確実に成立させるためには少なくとも5分の3(60人)の同意が必要である。上院の与野党勢力は51対49で拮抗しており、60人を確保するためにはすべての与党議員の同意を得た上でさらに野党議員10人の同意を確保する必要がある。野党から同調者を得るためには野党の主張を取り入れる必要があるが、その妥協の仕方によっては与党内で反対に転じる議員が出るため、双方が納得する案を示す必要がある。「小さな政府」を志向し歳出拡大を懸念する共和党の一部議員はSNS上で、トランプ大統領に「予算法案に対して拒否権を行使してほしい」と訴えていた。

 

暫定予算と2度の政府閉鎖
  2018会計年度開始までに予算を成立できなかったため、議会は5度にわたり期限付きの暫定予算を編成してきた。うち2度は期限切れまでに次の暫定予算を議決することができず、一時的な政府閉鎖(Shut down)が発生した。

  第1次 12月8日まで(期限切れ直前に次の暫定予算が成立)
第2次 12月22日まで(期限切れ直前に次の暫定予算が成立)
第3次 1月19日まで(期限切れにより3日間の政府閉鎖)
第4次 2月8日まで(期限切れにより数時間の政府閉鎖)
第5次 3月23日まで(期限切れ直前に正式予算が成立)

(それぞれの暫定予算は異なるものであり、継続した番号がついているものではないが、ここでは便宜上次数で示す。)

国防省等のEssentialな部分の業務は政府閉鎖でも継続することとされているものの、トランプ大統領は政府閉鎖を、国防を危うくするものとして非難してきた。1度目の政府閉鎖を回避できなかった共和党指導部は、第4次の暫定予算切れまでの間に野党民主党と債務上限をめぐる取引を成立させ、今回の予算成立への道筋をつけた。(しかし、与野党指導部の合意に関わらず、両院での採決が議事妨害演説により期限までに間に合わなかったため、4次の暫定予算後も短時間の政府閉鎖に陥った。)

 

3.各界の反応

大統領予算案が示された当初は、NSF、NIHをはじめ各機関の予算の大幅な削減に対して、学術関係者から一様に懸念や批判の声が上がったが、最終的に2017会計年度比で大幅な予算増となった予算法案(最終案)に関しては、関係団体からは、今回の予算成立に尽力した議会に対する謝辞等が相次いだ。ただし、今回の予算増の要因となった債務上限引き上げは2019年度までであり、改めて議論に注視が必要であるという指摘もある。

米国最大の科学技術関係者のコミュニティである全米科学振興協会(American Association for the Advancement of Science:AAAS)は、ラッシュ・ホルト(Rush Holt)CEO名で「科学的な研究開発に投資した議会とトランプ大統領に感謝する」旨コメントしている。
American Association for the Advancement of Science:AAAS Celebrates Federal Spending Increases for Scientific Research (2018年3月22日付)
全米の高等教育機関の連合体である米国教育協議会(American Council on Education:ACE)は、上院下院の与野党指導者に対し、歳出法案における学生支援及び学術研究へのコミットメントに対する謝辞を送っている。
American Council on Education:FY18 Omnibus Appropriations[PDF:1783.14KB](2018年3月22日付)
米国の主要62大学から組織する米国大学協会(Association of American Universities:AAU)は、メリー・スー・コールマン(Mary Sue Coleman)会長名で、両院での採決直前の3月22日に、予算法案の内容を称賛し、両院での最終的な採決に当たって覆さないよう要請する声明を発表している。
Association of American Universities:AAU President Praises Bipartisan Omnibus Funding Bill(2018年3月22日付)

 

4.今後の動向
  • 2018会計年度の各省の予算の具体的な最終形については、例年通りで行けば、各省庁から個別に概略が紹介されることになる。
  • 2019会計年度予算に関しては、2018年2月に大統領予算要求が公表され、すでに審議が開始されている。例えば下院の科学技術小委員会では3月15日にNSFのフランス・コルドバ(France Cordova)長官を招いてヒアリングを行っている。
  • 例年、夏ごろには大統領府行政管理予算局(Office of Management and Budget:OMB)と科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy:OSTP)が共同で翌々会計年度の予算編成における重点事項を示すなど、検討作業が進められる。各省庁における2018会計年度の予算執行、議会における2019年度の審議、大統領府における2020年度予算の方針設定と、3つの会計年度に係る作業が同時並行で進むことになる。

 

【参考1】 参考文書、記事等

 

■2018年度連結予算法 Consolidated Appropriations Act, 2018(上院修正後)
RULES COMMITTEE PRINT 115–66 TEXT OF THE HOUSE AMENDMENT TO THE SENATE AMENDMENT TO H.R. 1625 [Showing the text of the Consolidated Appropriations Act,2018.][PDF:2.88MB]

 

■2018連結予算法の修正に関する両院合意に関するフレーリングハイセン(Frelinghuysen)下院歳出委員長説明(Division B:商業、法務、科学関係)
CONGRESS.GOV:EXPLANATORY STATEMENT SUBMITTED BY MR. FRELINGHUYSEN, CHAIRMAN OF THE HOUSE COMMITTEE ON APPROPRIATIONS, REGARDING THE HOUSE AMENDMENT TO SENATE AMENDMENT ON H.R. 1625(Division B:Commerce, Justice, Science, and Related Agencies Appropriations Act, 2018)

 

【参考2】 科学技術関係主要機関の予算額一覧
予算額単位:百万ドル
省庁・機関名 FY2017予算額 FY2018予算額 増加率
National Science Foundation(NSF)
米国科学財団(全体)
7,472 7,767 +4%
NSF、Research&Related Activities
米国科学財団(研究費及び関係事業分)
6,034 6,334 +5%
National Aeronautics and Space Administration(NASA)
航空宇宙局
19,653 20,736 +6%
Office of Science
航空宇宙局科学局分
5,392 6,260 +16%
Department of Energy(DOE)、 National Nuclear Security Administration(NNSA)
エネルギー省(米国核安全保障局)
12,938 14,669 +13%
DOE、 Energy Efficiency&Renewable Energy
エネルギー省(効率・代替エネルギー)
2,090 2,322 +11%
DOE、Nuclear Energy
エネルギー省(原子力)
1,017 1,205 +19%
DOE、 Fossil Energy
エネルギー省(化石燃料)
668 727 +9%
DOE、Advanced Research Projects Agency-Energy(ARPA-E)
エネルギー省(エネルギー高等研究計画局)
306 353 +15%
Department of Defense(DOD)、RDT&E Total
国防省(研究開発全体)
72,302 88,308 +22%
DOD、Science&Technology
国防省(科学技術関係)
14,011 14,863 +6%
National Oceanic and Atmospheric Administration(NOAA)
海洋大気庁
5,675 5,909 +4%
National Institute of Standards and Technology(NIST)
米国標準技術研究所
954 1,199 +26%
National Institutes of Health(NIH)
国立衛生研究所
34,084 37,084 +9%
United States Geological Survey(USGS)
米国地質調査所
1,085 1,148 +6%

 
 

【参考3】 前年度年予算額、2018年度大統領要求額、下院案、上院案、最終案の比較
(注)米国物理学会作成資料(Budget Tracker)を参考にJSPSワシントン研究連絡センターで作成
地域 北米
アメリカ
取組レベル 政府レベルでの取組
行政機関、組織の運営 予算・財政